「フナに始まりフナに終わる」という言い回し。釣り好きの方であれば当たり前にご存知なフレーズではないかと思います。
これはどこにでも生息する淡水魚のフナが、釣りの基本形ともいうべき釣り方を学ぶにうってつけの魚であること。そして釣り好きからすればそういった基本をエンドレスに「終生楽しめる」通好みの魚であることから来ています。う~ん…深いぜ。
確かに…何事も同様ですが、何を最初に体験して「原初の記憶」とするかはとても大切です。「続くか続かないか」はその一点に集約されると言ってもよいでしょう。釣りの場合は、その対象が「フナ」ってことなんですね。そういえば私も最初の釣り体験は「フナ」でしたわ。やっぱ、深いぜ!釣り!
腕時計の世界にも「フナ」の如き趣の時計はたくさんあります。各々のブランドが「初心者用」としてラインアップに揃える「エントリーモデル」はまさしく「入り口として準備された腕時計」だと言えるでしょう。これを「腕時計界のフナ」と呼ばずしてどうするのか!?
もちろん「フナ」を自称するからには(してない?)手頃な最初の一本としてだけでなく、終生楽しめる奥深さも持ち合わせていなければなりません。
一見矛盾をはらんだこの部分、エントリーモデルの腕時計の場合、案外「サラリと」クリアしていることが少なくないのです。
ちなみに私の手持ちでエントリーモデルの典型的な時計といえば、このチューダーのブラックベイ 41(79540)とパネライのラジオミール ブラックシール(PAM00380)になりますかね?両ブランドが誇る重厚なラインアップの中でも、一際目を引くシンプルな作りが特徴です
(ここまで簡潔だと、もはや飽きようがないですねぇ)
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それではここで「業界におけるエントリーモデルの使命」を考えてみましょう。皆さんの頭の中では一般的なエントリーモデルの姿…自動巻きの3針時計を例としてイメージしてみて下さい。
- まず、ビギナーのための時計として、手頃で戦略的な価格設定を施した上、とりあえず買わせる。
- 扱いやすくシンプルで壊れにくい作りを基本とし、腕時計の正しい扱いを覚えてもらうとともに、機械式腕時計に対するアレルギーを払拭する。
- 安くてもブランドのエッセンスを余すところなく体験できるだけの品質を持たせ、ユーザーを魅了し、長きにわたるファンを獲得を目指す。
一般的な考え方としては、こんな感じではないでしょうか。マーケットに打って出る際の「特攻隊」的な役割は、確かにエントリーモデルに課せられた崇高な任務だと思います。しかし私はもっと別の…重要な役割があるのでは?と考えることがあるのです。
先日、日頃世話になっているシステム系の管理職「Sさん」と、今年予定しているのウチのシステム拡張のお話をさせてもらった時のこと。
どの会社も同じかもしれませんが、こういった技術系の部局の方に対してノウハウを無視し理不尽な要望をぶつける人…少なくないですよね。
私は若い頃にゲーム開発の現場なんかを経験して、少しはそういったことに明るい方なのですが、このSさんとは知識の共有部分が多いのか、ややこしい話でも「トントン拍子」に共通理解が進むのです。私としては常に現実的な提案を軸に話を進めることができるので、とてもありがたい交渉相手だといえます。
このように「解ってる」同士だと、予算枠や工期といった諸条件から、実現可能なラインで仕事が進みます。しかしここに「解っていない」人が混じってくると…少々ややこしい…面倒な話になってしまうのです。
腕時計の世界でも同じこと。上位のラインアップを買ってくれるような人はいわゆる「通な人」で、それは文字通り事情を解った人たち…「腕時計の上級者」に違いありません。
上級者なら「この部分に開発コストをかけた分、この値段になったんだな」みたいなありがたい深読みを黙っていてもしてくれるのです。ブランドにとって、これほど物わかりのいいお客さんはいませんよね?
対して初心者ですが…言うなればそれは前述の「解っていない人」に該当するでしょうか?…解らぬこと自体は恥ずべきことではありませんが、往々にして「解らぬゆえ」に理不尽を強いる立場になりがちです。
各ブランドのエントリーモデルたちには、この「解っていない人」…初心者たちと対峙しなくてはならないのです。これがどれほど過酷な宿命か…ご理解いただけるでしょうか?
解らぬゆえに人は残酷になります。安価な時計では到底不可能な機能を求めてしまうのも、結局はそういうことなのです。そして、初心者のうちはそれが無茶であること自体を理解できないという…
それゆえにエントリーモデルには、ギリギリの無茶を飲まされた時計が多くある…そんな気がします。ある種の企業努力の賜物と言っていい製品が多いのもエントリーモデルの特徴。もちろん、好きで苦労するわけではないでしょう。「そうでもしなければ売れない」からそうするのです。
そう考えれば、エントリーモデルのマーケットが、いかにシビアな世界であるかが伺いしれます。腕時計に精通した上級のお客さんを「与し易い相手」とは言いません。しかし、初心者という「手加減を知らない」お客さんを相手にするエントリーモデルほど、過酷で厳しい競争に晒されているゾーンもないと思うのです。
腕時計趣味の世界に初めて「エントリー」する際、真っ先に購入の候補に登るエントリーモデル。そのブランドを好きになるか嫌いになるか…その成否は、この時に出会った時計の魅力如何にかかっているとも言えます。ブランドはそれぞれが、エントリーモデルに自社の姿勢を体現させ、購入者に強い印象を残せなければ「次がない」のです。
そういう意味では、ブランドで一番の低価格帯にありながら最も手を抜けない(抜いてはいけない)製品。それこそが「エントリーモデル」だと言えるでしょう。
ブランドが掲げる方針の一番濃いエッセンスが注入された腕時計として「宣伝部長」のような役割を担わされたエントリーモデルたち。それは新しいアイデアと戦略が目まぐるしく鍔迫り合いする戦場で、激しく火花を散らす存在です。
ブランドの先行きを暗示する「アイコン」として「勝った負けた」がハッキリと見えるエントリーモデルの世界は、私たち腕時計趣味人が「これからの腕時計業界の方向性」を予測するためにも、注目すべきカテゴリーだと思います。
総じて完成度が高く、次から次へと新しい発見がある。飽きのこない時計が多いのも大きな魅力。末長く付き合えるのは間違いありません。ホント、こういうところが「フナ」っぽいんですよねぇ~(*´∀`*)
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