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大人の「腕時計人」になる時

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今週のお題「大人になったなと感じるとき」

はい!うちのブログなりにはてなさん主催の今週のお題に乗っかてみようと思います。最近は平均5000字くらいまでダラダラ長く書いてしまう私ですが、今回はテーマも明確なのでリードなんかもシンプルに短く書きたいと思います。目標は…1500字!

「大人になったなと感じるとき」ですか?…大人状態を何周も周回している身としては今更な問いかけではありますが、そうですねぇ…大嫌いだった「銀杏」を食べられるようになった時は「大人になった!」と感じましたっけ。あれは美味しいですよねぇ…素焼きに塩とか、たまんないです(*´∀`*)

肌寒い日に羽織るジャケットが、シャレオツじゃなくて「普通(地味)」に着られるようになったときも「あぁ…オレも大人になったなぁ~」としみじみしたのを思い出します。

寝る前に食べたカツ丼で次の日の昼まで胃がもたれた時にも…「大人(おっさん)になってしもうたんや…」と思い知らされましたっけねぇ(;´Д`)

うちのブログはほぼ「腕時計専門」なのですが、私の腕時計趣味の「傾向の変遷」を思い返すと、確かに大人になったと感じる瞬間がありました。

若い頃はとにかく「格好良くて」「目立つ」時計が好きでした。一流ブランドへのこだわりも若い頃のほうが強かったと思います。まぁ頭の中も単純思考でして「かっちょいい腕時計を着けてるオレってかっちょいい!」だったと思います。ええ、ホントにこんな感じのアホアホマンでした。

誤解のないようにお願いしたいのですが…デカくて押し出しの強い時計、それ自体は決して「悪」ではありません。ただただサイズが大きいだけ。腕時計のデザイナーが「このデザインならケースはこのくらい大きくしよう!」と考えたに過ぎません。

しかし「自意識過剰な若者」だった私にとっては「オレを見ろ!」的なアイテムとして、でっかい腕時計は非常に象徴的な存在だったのです。左腕に明らかなオーバーサイズ。シャツの袖口から不自然に飛び出したデカブツです。ケース幅で言いますと「44ミリ」でも最小クラス…そんな感じでした。今ならちょっと考えられません。

ちなみにその頃「デカさ」に惹かれて買った時計にはパネライの「サブマーシブル」やタグ・ホイヤーの「カレラ(デッカいやつ)」がありました。現有ではハミルトンの「タキマイラー」も、大概なわがままボディーの持ち主です。

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でっかい時計とちっちゃい時計

それらは大きさからくる見た目のインパクトもアレですが、当然ながら、デカいということは「重い」ということでもあります。

私の腕時計趣味が「大人に脱皮」したきっかけは、まさにこの「重量」に対する意識(事情?)の変化が契機だったと思います。ぶっちゃけ、重い時計は肩がこるので使いたくなくなったのです。要するに気持ちより先に体力的な問題で、大きな時計に対して自ら敗北を宣言した…というワケ。

となると「重くない時計を所望」…てなことになります。それは物理的に「小さな時計」ということになるでしょう。目立たずひっそり…ちょっとオジサンっぽい見た目の時計です。

そんな感じの時計に対するイメージが「オヤジ臭くてカッコ悪い」から「大人っぽくてシブい」に変わるまで、色んな葛藤を経て数年は要したと思います。今現在は小さな時計がよく似合う地道な普通のオッサンとして、腕時計趣味と向き合う日々です。

小ぶりな時計で味わう「小さくても完成された世界観」の価値を理解したことで、私の腕時計趣味は「大人の嗜み」にレベルアップできたかもしれません。

純粋に優れた機能と優れた形態のみに心を動かされる…見栄から開放された私の腕時計趣味は、おかげでより広い視野を持つことができました。ここに来てようやく、大人の「腕時計人」になれたような気もします。

大人になることは「足りるを知ること」である…そんなフレーズをどこぞで聞いたことがあります。しかし私の場合「素敵な腕時計とお知り合いになりたい(買いたい)」という渇望だけは、満足しない子供のように落ち着く様子もありません。いつの日か「これが最後の一本だ!」と言える腕時計を手にした時、またこのテーマで書いてみたいですね…(;´∀`)

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