変わってるね~と言われる。
人の「自慢話」を聴くのが好きだから。
学歴自慢に家柄自慢、お金持ち自慢にモテ自慢。
微笑ましいところでは、子供自慢、ペット自慢ってのもある。
どれも楽しく聴かせてもらっている。嫌だと思ったことがないのだ。なので「自慢しぃ」(大阪弁で自慢ばかりする)の人とはすんなりあっさり打ち解けたりする。
人の自慢を聴くだけで、相手が気分良くなって「食いねぇ食いねぇ、鮨食いねぇ」状態に。特別褒めるわけじゃない。ただ「聴くだけ」で相手との距離が縮まってくれる。
「他人の自慢話が嫌い」という人もいる(っていうかほとんどそうかな?)私がいつも不思議に思う部分だ。人間、頑張った時は褒めて欲しいし、お洒落してきた人は「素敵ですね」と言われれば喜ぶはずだ。しかし、おいそれと人を褒めることが難しいこのご時世。褒めるポイントがズレてたり、褒め方の言葉を間違ったりすれば相手は気分を害することもある。「折角褒めたのに!」となって自分もションボリする。
だが、相手が「自慢話」をし始めたらそれは「盛大に褒めてやってください」という相手からのシグナルにほかならない。存分に自慢を聴いて存分に褒めて上げてください。
暇を見つけては「高島屋ウォッチメゾン」へ新作時計を見に行っている。各店舗ブースのスタッフさんはお客の「自慢話」を聴くエキスパートだ。私もその時その時に着用している腕時計を「ちょうどいい感じで」褒めてもらっている。「クロノスイス」を褒められた時は「初めて実物見ました」と言われてちょっと照れくさかったけど(*´ω`*)
「腕時計」を見に来るお客さんが着けてくる「腕時計」は、間違いなく何らかの「自慢」の品であろう。価格や希少性、趣味性だったりかけがえのない思い出があったり。
そういった「ストーリー」を汲み取って、お客のセンスを褒めてくれるスタッフさんの技術は素晴らしいといつも感心させられる。余りに話が楽しいので友達になってほしいくらいだ(女性スタッフさんだったら、好きになってしまいそう)
その「高島屋ウォッチメゾン」さんで、あるスタッフの方がこんなことを話してくれた。
「私たちよりずっとお詳しいお客さまも多いですから、勉強させてもらうつもりでお話伺ってます」
これ!この姿勢が大切。
他人の話を聴くときに「自分のほうが偉い」とか「自分の方が賢い」とか思っていると、どうしたって相手の話に自分の体験や考えを過剰に被せていく会話になってしまう。それが「自慢話」だったらどうだろう。自慢に自慢をマウントする展開になって、それを楽しいと感じる人は少ないだろう。特に「ビジネス」が絡んだ場所での会話は、その成否が「成果」に繋がるのだから、それこそ真剣勝負なのだ。
人の話は虚心に聴く。
あらゆる場所、あらゆる瞬間で、最も大切で最も簡単な「処世術」です。
ご意見・ご感想