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『マネー・ボール式』腕時計集め

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昨年末に「来年欲しい腕時計5選」を書かせていただきましたが…えっと…一旦忘れて下さい(汗)

今も間違いなく「あの5本」は欲しい時計の筆頭ですが、2022年1月の私が「欲しいものリスト」を真面目に作ったとしたら、それは恐らく100本では収まりきりません。散々「減らす!」と宣言しておきながらコレですよ…全く(;´Д`)

そもそも、腕時計の数が増え始めた頃にこりゃあマズいと思いまして「1ブランドにつき1本のみ所有とする(国産は除く)」というセルフルールを造りました。しかし、ハドロンコライダーで加速された素粒子なみの速さで無かったことに。そのなれの果てが私のコレクションです(;´∀`)

基本的に私は特定のブランドに固執せず、出来るだけ沢山のブランドが作る腕時計を味わいたい人間です。ところが…これが意外と難しい。結局、選りすぐりの一本を見つける過程で余計な知識も蓄積されてしまい、結果として「やっぱりボクチン、決めきれないよぉ~」なんてことになるのです。

また、自分が付けた足跡を振り返らない性格も災いしてか、何だか似たような時計が集まる傾向もあります。特に刹那的になりがちなオークションでの落札で顕著。計画性に乏しい買い方しかできない私は、ぶっちゃけコレクターとしてのレベルもたかが知れています。

そんな私が長年の悪癖を精算すべく「手持ちの腕時計を減らそう!」と意気込んだ最大の理由は、今後のメンテナンスコストなどを考慮した「経済的な事情」によるものです(ショップのお兄さんに「オーバーホールで破産しますよ!」と言われちゃいましたし…)もちろん、私の場合は初手から経済的な縛りがあって、その状況下でどのように腕時計趣味を楽しむか…というのがずっと課題でした。脆弱なお財布事情が私に課した「難題」があって、そこに知恵を使った結果として、現在の何やら変態的なコレクションが完成してしまったわけです(;´Д`)

このこと自体は、思い返してもそれほど悪いことではなかったと思います。例えばもっとずっとお金持ちだったら…躊躇も逡巡もなく、好きな時に好きな時計を買っていたでしょうし、となるとかなり早い段階で最終目標に近い「トロフィー的物件」を手に入れて、腕時計趣味自体が早い段階で落ち着いてしまっていた可能性もあります。きっとそれはそれで、面白くなかっただろうと思うのです。

例えば、かつて私はかなり強烈な「自作PC愛好者」でしたが、ある時から興味を失ってしまいました。現在主力で使っているPC2台も私自身の自作なのですが、それらに「スペックの不満」を感じなくなったからです。

自作PCの愉しみは何と言っても「改造による処理能力のアップ」です。その要求の発露は「スペックが低すぎてやりたいことができない状況を何とかしたい」という思いそのものなのですが、数年前にはすでに、何の不満も感じないスペックに到達してしまったのです。

決してハイエンドの贅を尽くしたパーツで作ったPCではありませんが、動作要件の厳しいゲームをしなくなったことで、PCのパワー不足を実感するシーンが無くなったのです。

世の中には何に使うでもなく、とにかく最速のPCを作ることに命をかけている方がいらっしゃいます。それは腕時計ほどではないとはいえ、かなり天井知らずな異次元の世界です。謂わば「PCでトゥールビヨンを目指す」みたいな世界でしょうか?

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出典:https://www.patek.com/ja

ベンチマークで最速を叩き出して喜びを感じる人たちの心境を例えるなら、庶民である私が何かの間違いでパテックの「グランド・コンプリケーション(5316P)」のような凄すぎる腕時計を手にすることがあったとして、その瞬間に感じる「爆発的な愉悦」に等しいかもしれません。どちらも潤沢な資金があればこそ成し得る「大いなる無駄」の一種ですが、同時に誰にも口出しできない境地であることも確かです。

私も資金がたっぷりあれば、それに近いステージに登りたかったところですが、残酷な現実がそれを許しませんでした(;´Д`)

腕時計趣味において経済的な事情はそのままコレクションの性格を左右します。私のコレクションに微妙なブランドの、さらにはエントリーモデルが多い理由を訊ねられたら、それは一度に出せるお金が、せいぜいその辺を買えるかどうかの額面だから…としか言いようがありません。

また、腕時計購入に「ローンを組むのは邪道である」という無駄な正義感もあって、尚更に今現在のお財布事情のみで勝負するという、オーソドックスなスタイルに固執する羽目になりました。

しかし、そのことが「頭を使って面白げな腕時計を買う」ことに繋がったのです。そのための勉強は続けましたし、知識の分だけ視野の広さは養われました。自分の中にオリジナルの太い価値観を持てたという自負もあります。今のコレクションに於いても、お陰でそれなりに分厚い布陣が敷けたのではないかとも思います。

以前、ノンフィクションの「マネー・ボール(マイケル・ルイス氏著)」を読んだとき「これってワシの腕時計コレクションに似てるな!」と共感しました。

MLBの貧乏球団であるアスレチックスが「ビリー・ビーンGM」のセイバーメトリクスを駆使したチーム作りでみるみる強くなっていく様は、スーパースター不在でも何とか形になってきた私のコレクションを彷彿とさせました。

特に、他球団からみれば、未だ価値があるように見える有名選手を高く売りつけて、その資金で目立たないけど隠れた実力者を数人連れてくる手法は、私がかつて、ロイヤルオークやサブマーシブル、レベルソ、モナコ、インヂュニアといったところを売り払ってから、コレクションの再構築へと漕ぎ出した状況によく似ています。それら有名どころを全てを同時期に所持していたわけではありませんが、本格的に腕時計にハマる以前の「主軸」だったのは間違いありません。

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それらはある意味「見栄で買った時計」でした。ロイヤルオークは自分の事務所を運営していた羽振りの良かった時代にハッタリとして手に入れましたし、レベルソ(グランスポール)は当時の彼女とふらっと立ち寄ったお店で、格好いいところを見せたくて買ったものでした。つまり、実にしょーもない理由で大金をはたいたわけです。

その頃は数本だけ高級腕時計があって、あとはG-SHOCKだらけみたいな布陣でした。めちゃくちゃバランスの悪いオーダーですよね(;´∀`)

特別、コレクターだという自覚も持たず、それなりの腕時計購入歴だけが積み重なっていた私でしたが、先輩のクリエイターさんや、一緒に仕事をしていたエディターさんらの「業界っぽい煽り」が影響していたことは間違いありません。「ハッタリカマしてなんぼ!」みたいな考え方が一般化していた業界でしたし、あの頃の若い私が「それってカッコいい!」みたいに感化されても仕方のないことでしょう。

それは自分自身の価値に「疑問」があったゆえに求めた「トロフィー」でした。「トロフィーワイフ」なんて言葉もありますが、まあ似たようなものです。自分の価値が怪しいなら「価値のあるモノ」を身に着けよう。そんな感じだったと思います。今思えば何とも青臭くて恥ずかしいお金の使い方です(;´∀`)

今現在の私の腕時計の集め方は、その頃から考えると大きく様変わりしました。私の稼ぎが随分と減ってしまったことで、あの頃のような買い物ができなくなったのは大きな要因です。しかしそれ以外にも、長年様々な腕時計を見たり買ったりしてきた経験が育んだ「自分専用の価値観」が大きな意味を持つようになってきたのです。

例えば「マネー・ボール」の中で『フォアボールのギリシャ神』と呼ばれる「ケビン・ユーキリス選手」。楽天にも所属していたので日本でも有名な選手ですが、アスレチックスがその出塁率の高さに着目して獲得を模索する際の記述には、ベースボールというスポーツの特殊性と奥深さが現れていたと思います。つまり、当時のアスレチックスにしてみれば、直接的な攻撃力云々よりも、ユーキリス選手のような出塁率の高い選球眼に優れた選手こそ、戦略的に合致すると判断したのでしょう。勝利への貢献度という点で、ユーキリス選手はピカイチのだったのです。

アスレチックス以上に資金力のないチーム運営を強いられている私にしてみれば「マネー・ボール式」は必然かもしれません。腕時計に「何」を求めるかを見極め、ラインアップのバランスを考え、中長期的に戦力になりうる一本を獲得する。そしてそれらは決して「高コストであってはならない」のです。まさに「マネー・ボール」、バンザイ「ビリー・ビーン」

今の私は「ビリー・ビーン氏」をお手本に、自分だけのモノサシでコレクションの再構築を模索しています。現時点で主戦力の腕時計であっても、今後の考え方の変化とその途上で「戦力外」を言い渡さなければならない可能性もあるのです。

「マネー・ボール」「貧者の理論」とも呼ばれます。セイバーメトリクスの活用で破竹の勢いを見せた貧乏球団アスレチックスが金満球団を破って勝利する図式は、如何にもアメリカ人が好きそうなストーリーです。しかし「マネー・ボール」は単純な「群軽折軸」の痛快譚ではありません。それはその後のメジャーリーグに大きな影響を与え、パラダイムシフトと言ってもよい価値観の変化を起こしたのです。

この先、私の腕時計趣味で目標とするのは、単なる所有本数減らしではありません。そこに「洗練されたロジック」がなければ「正義」とは言えないのです。ならば私の大目標は、感情や流行に押し流されないで腕時計と向き合える「腕時計のセイバーメトリクス」を見つけ出すことなのかもしれません。

この先、独自の価値基準で見つけ出した腕時計の中に、私だけの「ギリシャ神」が潜んでいるかもしれないのですから。

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