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次の世代に素敵な腕時計を遺すために

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「終の腕時計」のことは別にしても、いい加減に腕時計趣味の「終い」を考えないといかんなぁ~と本気で思っています。この先、私もそんなに長くは現役でいられないわけですし、となると腕時計の使用機会も自ずと限られてくるでしょう。

淋しいことではありますが、誰にでも分け隔てなく黄昏時はやってきます。私の人生の腕時計は21時50分辺りを指しているでしょうかねぇ…つまり、そろそろ終わりが近いのです(;´Д`)

私は自分の買った腕時計に対しても「完全に自分のものになった」とは考えられないタイプの人間です。これに関しては長い間「オレって変わりもんやなぁ~」と思ってきましたが、偶然、数ヶ月前に同じように考えている人の記事をネットで読んで救われたような気がしました(笑)

現代の機械式腕時計は本当に剛性も高くて、きちんと整備を続ける限りかなり長く使えるものばかりです。私の手元にある腕時計にしても、その多くは私の残りの寿命より長生きするでしょう。そう考えると何やら心配になってくるのです「コイツら(腕時計)はオレが死んだらどうなってしまうんや」…と。

大昔…小学校低学年だった頃、私の家では大型のオウム「キバタン」を飼っていました(昔はコバタンって呼ばれてましたね)。賢くて仕草が可愛くて大好きだったオウム。ひまわりの種が大好きだったキバタン。その記憶がずっと鮮明に残っている私は、大人になってからも機会を伺って「大型のオウムが飼いたい!」と考えていました。

そして某ペットショップで「ヨウム」と出会いました。ご存知ですか?オウムやインコもちょこちょこお喋りすることで知られますが、ヨウムのお喋りは異次元です。語彙が桁違いに多くて、何だか文法までしっかりしている。そして滑舌がめっちゃ良い。天龍源一郎さんよりも良いんじゃないでしょうか?(おいっ!)

もう面白すぎて可愛くて連れて帰りたくなった私。その時、同じ店に来ていた動物好きカップルの会話が偶然耳に入ってきました。

 「ヨウムって50年以上生きるんやて!」

 「えぇ?ホンマかいな!」

私も「ホンマかいな!?」と思いましたし「その話もっと詳しく!!」と身を乗り出しそうにもなりましたが、自分のスマホで調べれば済むことでした。確かに、長命な個体は「100年生きる」と書いてあります。ヨウムちゃんすげぇ~(*´∇`*)

しかし、感心してもいられません。100年は大げさだとしても、50年生きるとしたら、私の残り寿命をゆうに越えてしまうのです。

それは「最期まで面倒が見られない」ことを意味します。そのことを解った上で生き物を飼い始めるのは無責任というものです。

そんなこんなでヨウムを飼うことは断念。後で調べたら「記憶力に優れている上に破壊的にお喋り」だそうで、油断してると家族のプライベートを全部暴露しかねないと。飼ってたら大変なことになってたかもしれません(;´∀`)

ヨウムのような生き物と腕時計を同じに語るのは間違っているかもしれません。しかし、機械式腕時計も正しいメンテナンスを施しつつ使用するなら100年どころの寿命ではないでしょう。

つまり、「最期まで面倒が見られない」のです(;´Д`)

まさか、一緒にお墓に入れてと頼むわけにもいきません(そういう人もいるかもしれませんが)ならば私ができることは、大切に使ってくれる次のオーナーさんを探して、愛する腕時計たちの行くすえを託すことしかありません。

例え自分の所有する腕時計であっても「完全に自分のもの」とは思えない私の考え方は先に述べたとおりですが、そもそも私は自分で大枚をはたいても「買った」のではなく「預かったに過ぎない」と考えてしまいます。しっかりと自分が楽しんで満足したら、老いて判断力の衰えを感じる前にできるだけ良い状態で次のオーナーさんに引き継ぎたい…なので普段の扱いも非常に丁寧だと思いますし、絶対に無理をさせない使い方をしているのもそのためです。

恐らく、私と似たような考え方の人の行いが幾重にも重なって「良い歳のとり方をした時計たち」が、今現在の我々の目の前に、素敵なアンティーク品として存在するのだと思います。

父親から息子に大切にしていた腕時計を遺す人は多いでしょう。私も亡き親父に愛用の腕時計を何本か遺してもらいました。派手なので正直、使いづらいです(笑)

祖父や父親から腕時計を託されるというストーリーは珍しいものではありません。しかし、身近にちょっと古めかしい腕時計をしている人を見かけ、興味本位で尋ねたときに「あぁこれ、親父の形見なんです」なんて言われたら…何でしょうね…私は凄く「良いなぁ~」と思うのです。大袈裟じゃなく「人間も捨てたもんじゃないぜ!」とか思っちゃうのです(*´∀`*)

これは私だけが感じることではないと思います。長命の機械式腕時計には「タイムカプセル」みたいな役目があって、使っていた人の想いを閉じ込めているような気がするのです。私にしても、親父の「デイトジャスト」から、親父が現役バリバリだった頃の「情熱」だったり、ちょっとやんちゃな「青春っぽいもの」を受け継いだと思っています。

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派手好きでしたからねぇ(;´∀`)

もちろん受け継げる「想い」は、親族に限定されるものではないでしょう。

中古の腕時計を手に入れたときに一瞬感じる「気当たり」には、その腕時計を大切に使っていた見知らぬ誰かのメッセージが含まれている…ファンタジーかオカルトか解りませんが、そんな風に思うこともあるのです。

「念がこもる」なんて言うと何やら恐ろしげですが、愛情を持って接し続けた物には心通じるものがあると信じています。調子が悪くなったパソコンを「頑張れー!」と鼓舞し続けたら案外長持ちした…なんて経験、ありませんか?

腕時計は特にそういう面が強い装身具だと思います。小説や映画には、物言わぬ腕時計に強いメッセージ性を託した作品が沢山あります。それらに対して観客が「そんなアホな!」と文句を言わないのは、腕時計という存在に対して、皆が何となく同じように感じているからではないでしょうか?

50年後…(もちろん私は生きていないでしょうが)自分が現在愛用している腕時計がどこかの見知らぬ愛好家の手に渡ったとき、私はこんな風に思われたいのです。

「元のオーナーさんも大切に使ってたんだなぁ」と。

日本刀のコレクターとして知られる、元プロレスラー、格闘家の「前田日明」さんがYou Tubeでこんなことを仰ってました。「買った日本刀について言えば、自分は管理人だと思っている」と。日本刀とそれを作った刀匠に対して最大限の礼を尽くし、恙無くそれを管理しながら、貴重な「文化財」として後世に残そうとする思いからの言葉でしょう。前田さんが現役時代の代名詞的必殺技で、一度捕獲したら逃がさない「キャプチュード(キャプチャー・スープレックス)」のイメージとは真逆ですね(*´∀`*)

ぶっちゃけレベルは比較になりませんが、私の「腕時計に対する考え方」も同じです。大切に使って、もちろん自分も満足するまで楽しんで、それから可能な限り良い状態で未来のオーナーさんに「きちんと」バトンタッチできたら良いなぁ~と考えています。そこまでやり終えて、私の「腕時計の旅」はようやく完成するのです。

そんな風に考えた方が日頃の「散財」に胸が痛むことも少なくなりますし、後世の腕時計愛好家と心情的に繋がることができる。それに、これってめっちゃ「サスティナブル」だし、今風じゃないですかね?(;´∀`)

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ご意見・ご感想

コメント一覧 (2件)

  • 素晴らしい記事をありがとうございます。うちの息子も「父さんのSINN、受け継いだるわ」と言ってくれてます。できれば親父のオメガと祖父のタカノと叔父のオリンピアも。。。と思いましたが、これらの処置は別に考えとります。。。勇気をありがとうございます。

  • seikomaticさま。
    いつもありがとうございます。
    いえいえこちらこそ勇気を頂きました。
    今はSinnが気になるご子息さまも、いずれは「タカノって…シブいな!」って思ってくれますよ(*´∀`*)
    親父の影響って強烈ですからね。

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