機械式のムーブメントにおける「脱進」と「調速」を全く新しい機構で実現したZENITHの「オシレーター」。ヒゲゼンマイやテンワといったそれぞれのパーツが担っていた機能を、単一のパーツ「オシレーター」で実現してしまえるということで、それを搭載して発表された10個のZENITHには、世界中の腕時計ファンの耳目が集まりました。2017年のことです。
そのニュースに触れたとき、私は一瞬「ゼニスマジ凄え!」と飛び上がりました。しかし直後に襲った得も言われぬ恐怖。つまりは「じゃあこの先、今の機械式はどうなっちゃうの?」。
現在に至るまでの機械式腕時計の機構は、腕時計が懐中時計にとって変わった1800年代後半から基本的にはほぼ同じです。繰り返される戦争で精度の高い腕時計のニーズが高まる中で精力的な開発が進み、機械式腕時計の実用性能は跳ね上がりました。
後にクロノグラフの開発や自動巻き機構の開発で、機械式腕時計は誰でもが日常的に使えるアイテムとして定着することになります。様々なモジュールの追加で多機能を追求したり、耐久性を高めるための素材開発が進んだりしましたが、それらはいわば「対処療法」のようなもので、根本的にはホイヘンスが発明したものをアレンジすることでここまで来たわけです。たった一つの方程式でこれだけのマーケットを築いてきたかと思うと、それはそれで凄いことだとは思います。
前置きとして私の考えを述べておきますが、時計の開発史でいえば、最大のビッグバンが「クオーツ時計」の実用化なのは間違いありません。それに比べたらZENITHの「オシレーター」開発は小さな火山噴火程度のものです。クオーツは時間に縛られて暮らす現代人の生活に幅広く多大な影響を及ぼしましたが、「オシレーター」は今のところ、機械式腕時計をこよなく愛する私のような人間にのみ注目されている感じです。
機械式腕時計の愛好家がクオーツ時計を忌避する部分があるとすれば、それは「エネルギーを何から得ているか」ではないでしょうか。多くの腕時計好きは電気で動くクオーツをその高性能にも拘らず「つまらん!」と断じます。そしてブリキのロボットを動かしていたメカとさほど変わらない機械式の機構に得も言われぬ「温かみ」を感じるのです。
数千万円の超超高級腕時計も基本的にはブリキのロボットと変わらぬ仕組みで動いています。そしてそのことを重々承知した上で、それでも機械式を評価し続けます。きっとそこに、生物が持つ命とは別の「無生物の命」を感じるからかもしれません。
つまり、外部からエネルギーを得る「クオーツ」と自らエネルギーを作り出す「機械式」では、そもそも戦う土俵が違うという棲み分けが、腕時計好きの考え方の中には少なからずあると思います。
私を驚愕させた「オシレーター」が心底恐ろしいのは、機械式時計にとってはじめて「同じ土俵」で根本的な変革が起きたということだと思います。例えば「スプリングドライブ」がセイコーから発表されたとき、私なんかは当初「セイコー凄え!ハイブリッド凄え!」と感心しました。進化させた2つの技術を合体させてより強力な「何か」を生み出そうという発想はいかにも日本人的です。
機械式の動作をクオーツの制御システムで調速するというトンデモなアイデア。それにより機械式の限界を超えた精度が実現しました。「アイスクリームを天ぷらにする」みたいなどちらかといえば呆れる類の技術ですが、それを実現させてしまったセイコーの底力、最高性能の時計を作ることにかけては、間違いなくセイコーは世界のトップに君臨しています。
しかし、やはりというか…「スプリングドライブ」も機械式の「王道」から言うと他力本願の「邪道」にあたるようでして、「同じ土俵」で勝負したとみなされていない気がします。サッカー選手に腕相撲の勝負で勝ったとしても、サッカー選手はほんとうの意味で「負けた」とは思わないでしょう。世界中の時計産業を「ギャフン!」と言わしめるには「鮮やかなガチンコ相撲」を仕掛けるしかないのです。
そこについに現れた「オシレーター」。
シリコンで作られた薄く大きな直径を持つパーツが、一般的な機械式の調速機構をすべて受け持つという画期的過ぎる新開発(@_@;)
プロトタイプですら15ヘルツ(10万8000振動/時)というとんでもない超ハイビートで動作していましたが、ついに発表された「量産型」はさらなる進化を遂げ18ヘルツ(12万9600振動/時)という恐ろしい数値。もちろん精度は従来の機械式の常識を覆しまくるレベルです。
この性能を聞いただけでも身震いがする「オシレーター」の実力ですが、どうやらコレ、かなり低価格でも提供されそうな予感がします。一体どういうことか?
通常、機械式のムーブメントは調速のために30個ほどの部品を必要とします。そしてこれらには「組み立て」の手間が付きまといます。手間が多ければ不具合も増えるというのは自明の理。
「オシレーター」はその部分をたった一つのパーツで賄うのです。そのお姿はこちらで。
ゼニス デファイ ラボ クオーツに迫る精度。 | ウォッチラウンジ
学生の頃、製図に使ってた「テンプレート」を思い出しました。こんな摩訶不思議な形状の板だけで調速ができてしまう?コレを見ただけで「なるほど!」と思った人は天才です。しかし、コチラの動画でなら私も「!」くらいには理解できました(笑)
Zenith Defy Lab Oscillator Introduction
なんなんだ?この小刻みな震えは(笑)
普通のテンワの動きも好きですが、オシレーターの落ち着きのなさは見慣れていないこともあって、なかなかに目が離せません。
これだけ複雑な動きを実現しているのがたった一枚の板。ということは今後、ムーブメント全体の部品点数をかなり減らすことができるということです。部品点数が減れば製造コストが全体的に下る。不良品の発生率も下がってさらなる量産が行えるということです。製造個数が増えれば単価が下がります。もしかすると、10万円以下の機械式腕時計に内蔵され始めるのも時間の問題かもしれません。
今後、大量生産体制が整えば、提供価格で既存のエボーシュに対抗できるレベルに達することも考えられます。「オシレーター」なら、なおかつ性能も爆上げなワケです。これはヤバい。自分の中の機械式時計に対する常識が壊される恐怖を感じます。
もしかすると、製造の難しそうな単結晶シリコンの「高級オシレーター」だけでなく、軽金属を使った「廉価版オシレーター」みたいなものが出てくる可能性も否定できません。数年後、可愛らしく回転するテンワが見える時計は希少品…なんてことになってたりして(;´∀`)
個人的にZENITHの時計にはあまり触手が動かないというか…何となく私の趣味からはズレているなと感じるのですが、この先数年はZENITHの動向から目を離さないようにしたいと思います。
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