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機械式腕時計に「未来」はあるのか?

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 身も蓋もないタイトルを付けてしまいました(汗)しかし、高価な機械式腕時計を多数お持ちの方なら、自身のコレクションと今後の「機械式腕時計業界」の未来やら何やら、そこら辺を考えないわけにはいかないでしょう。

 

 私には見るたびに「心のどこかに小骨のように引っかかる」フレーズがあります。有名マニュファクチュールが新作時計を出した際に、専門誌などで度々見かける常套句。

 

「最新の自動巻き、Cal.○○○搭載」

 

 (´・ω・`)ん?「最新の自動巻き」ってなにさ(笑)

 違和感のある言い回しです。日本語の使い方の問題ではなく、その内容の矛盾が気になるのです。例えるなら…

 

「最新型の中古マンション」

「笑顔が魅力!ピチピチの80歳」

「ミジンコ界の巨人」

 

 みたいな(笑)

 

 冗談めかして言いましたが「最新の自動巻き」という部分に、何とも言えない…納得には程遠い違和感を感じるのです。例えばこれが…

 

「最新の手巻き、Cal.○○○○搭載」

 

 だと、さらに違和感は顕著になります。ちょっとバカにされてる気さえ(笑)

 

 腕時計の価値の大きな部分を占める「ムーブメント」の良し悪しですが、有り難さの極み「完全オリジナルムーブメント」だって、所詮は「古臭い」アナクロなメカニズムです。3本の細い針を時刻を知る目的で回したいなら、ソーラーで電波なクオーツの方がよっぽど正確で故障に強く、理想的な機構だと思います。

 

 それでも、時計好きは「機械式の腕時計」を賛美します。年差まで突き詰めた「クオーツ」の世界を横目で見つつ、日差数十秒の動きに一喜一憂するのです。腕時計に全く興味のない人からしたら、最新のテクノロジーに興味を示さず古臭いメカにうつつを抜かし、なおかつ古臭い方に何十倍もの資金を投入するという「変わり者」にしか見えないでしょう。

 

 

 

 実際私なんぞは、新たに設計の見直しを加えた「最新型の自動巻き(手巻き)」の類にあまり興味が湧きません。「機械式が好き」という時点でそれは「懐古趣味」の一種ですから、ムーブメントにしたところで、昔のままの設計で作り続けてきたような「枯れた」物に愛着を感じます。そういう意味では、当時物(デッドストック)などが搭載された時計には、欲しくなる魅力を感じます。

 

 しかし、当時物ですとか昔のままの設計ですとか、そういうところばかりに「美点」を感じている時点で、私はある面、「機械式腕時計の未来を諦めている」フシがあります。そして、当の業界自体も、あまり明るい未来図を描けていないような気がするのです。

 私が最近の出来事で機械式の「明るい未来」を感じさせてもらったのは、ゼニスの「オシレーター」を目の当たりにした時くらいです。

 

ゼニス オシレーター

 

 本年(2020年)1月、大阪は心斎橋のゼニスブティックで、日本国内に3本しか入荷していない「DEFY INVENTOR」の実物を拝見したときのことです。 

 間違いなく、そこには機械式の未来がありました。技術の融合的な発想に逃げず(スプリングドライブを否定するわけではありません)あくまで機械式の機構の中で完全な新発想を形にした「オシレーター」は、時計好きなら絶対に「ドキドキ」させられる代物でした。

 とはいえ、「機械式の未来を救う逸材」と過大な期待を抱くのはどうかな~って感じです。「機械式腕時計最大のアンビバレンツ」と言えるかもしれませんが、毎時129,600振動という冗談みたいな高性能を誇るオシレーターであっても、時計本来の性能で言えば「凡百のクオーツに負ける」存在でしかありません。

 つまり、オシレーターのように極限まで性能を引き出した機械式は、いずれ自然と「クオーツとの精度勝負」という「ファンタジーの土俵」に無理やり上げられてしまうのです。一般的なクオーツの「月差基準」を出すのでさえ、機械式には夢のような話ですから、ガチンコでは勝負になりません。機械式は決して「土俵」に上ってはいけないのです。

 クオーツとの関係で言うならば、機械式高級腕時計の名前に萎縮するクオーツ時計(後輩)を上から目線で牽制しつつ先輩風を吹かせていれば、その権勢もしばらくは保つと思います。それでもこのままですと…長くはないかなぁ(;´∀`)

 

 機械式の「明るい未来」は超絶のオシレーターでさえも照らし出すことはできないでしょう。しかし、ほんのりと暖かく、居心地の良い10年を作ることはできるかもしれません。

 

 

 

 真面目に考えると、機械式高級腕時計の価値は脆弱なものです。高性能なプロツールにはなれず、美術品や貴金属のような絶対的な価値基準もありません。愛好家という「支持者の群れ」に守られた圏内だけでその価値を保っているような状態です。

 その足もと不安定な状況を一番感じているのは、業界でありメゾンでしょう。「何かしなければならない」「歩みを止めてはならない」という存在をかけた焦りは、私のような愛好家の端くれにもヒシヒシ伝わってくるところです(自社ムーブなんて作っちゃいけないメゾンが手を出してたり…ね)

 

 「最新の自動巻き」「最新の手巻き」ムーブメントは、新しいのに「根本が年代物の古い設計」という大きな「矛盾」を抱えています。しかもその古臭さが最大の魅力だったりするという「二重の矛盾」からも逃げられません。

 それでもできる範囲で「前に進まなければならない」機械式の世界。それが未来に繋がっているかと問われれば大きな疑問を感じますが…立ち止まってしまえば、待っているのは「落日」のみになってしまいます。

 

 300年後、機械式腕時計が一部好事家の「高尚な趣味」として、細々とでも残れるか否かは、機械式腕時計が「機械式であること以上の価値」を生み出せるかにかかっているような気がします。その辺のお話はまた次の機会に(*´∀`*)

 

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